世界放浪 ONE WORLD ONE LIFE 女一人旅

世界を廻る1年5ヶ月の旅は完結。日本での日々を綴ってます。

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就職日記<2>4回目までの仕事さがしを振り返ると

スリランカから戻って1週間、
私は何をやっていたのだろうか?という毎日。

職無し。

普通ならがむしゃらに就職活動をするのだろうけど、この焦りが
ありつつも、ぼちぼちいこうと思えるのはなぜかと考えてみた。

1つは、養わなければいけない人がいないということ。

そして、もう一つはこれまでの経験がそう思わせるということ。

これまで4回、シアトル、東京、ロンドン、大阪で仕事探しをしてきた。
一番しんどかったのがシアトル、二番目同一が東京とロンドン、
信じられないぐらいスムーズにいったのが大阪で例外だと思っている。

シアトル留学時代、当時は短大•四年生を卒業した生徒には
1年間アメリカに滞在可能な(就職しなくてもいい)ビザが降りた。
日本に帰る前に経験を積まなくては!と自分の作品集を全米の
名の知れたデザイン会社に送り続けた。
しかし、返事はこず、面接までいけても採用にならず。
(後にロンドンでも全く同じ経験をすることになる)

毎日、悶々とする毎日で、気を紛らわすためにバイトでもすれば
よかったのだけれど、留学前から「日本料理屋では働かない」という
ことを決めていたので、「仕事探し」しかすることはなかった。
当時は車があったので、Green Lakeという湖にいってぐるぐる
1周したり、本屋に行ってカフェで本を読んだり、週末は友達に
連れられて教会に行ったり、、、、。

あっと言う間に3ヶ月が過ぎ、あまりにも暇で、無意味に時間が
過ぎているように感じて、いたたまれず、
「もう、日本料理屋でもいいから、働こう」と思い、
面接に行きすぐ採用。後は、市の保健課みたいなところで
尿検査をして問題なければ、すぐに働くことが決まった。
「ああ、こんな結末か、、、」と思って家に帰った。

その当日か、2、3日たってからか、記憶が確かでないのだけれど、
いつものようにメールをチェックすると、サンフランシスコの
某有名デザイン会社から、「インターンとして年始から働かないか」
というメールが!
すぐに「ありがとうございます!お願いします」という返答をして、
ホストファーザーに事情を話し、4、5日後には車に荷物を詰め込み
シアトルからサンフランシスコへ引っ越しすることになった。

丁度、1999年の年末で、2000年に変わるとコンピューターの
誤作動などが起こり混乱する可能性がある「2000年問題」があったので、
2000年になる前にと、1月28日頃、早朝シアトルを出発、
車で7、8時間かけて、その日のうちにサンフランシスコに到着。

当時はカーナビもなく、地図を片手に、2回高速を乗り返る
ことを何度も確認し「無事に着く事ができますように」と祈りながら
運転したところ、いつもは必ず迷ってなかなか目的地に到着できないのに、
この時はすんなりとホストファーザーが紹介してくれた知人の家に到着。
(一度、30分で行けるところを、3時間周辺をぐるぐるして
いたことがあるから、私にとっては偉業。)

toyota.jpg
当時乗っていたトヨタ•カローラは15年ものの中古車
検索したら同じような型の車の写真が!
色も、左側のミラーがない!のも同じ!
長い間、左側のミラーを付けるのは個人の自由と思ってて
右側ミラーだけを見ながら運転していた。アメリカでは常識?
角が角張っているところに時代が感じる。
古いけれど30万円ぐらいはして、18万円ぐらいで売った記憶が。


その後住むことになる部屋は、以前他社の面接のために
サンフランシスコに行った際にホストファーザーの紹介で
1度泊まらせてもらったところ。
その時「1月から部屋が空くので、もし採用されたらいいのにね」
と言ってもらっていて、その通り1部屋空きがありすぐに入居。
アパート探しする必要もなく済んだ。
(トントン拍子とはこういうことなのだと実感した)

サンフランシスコの会社では、研修生は基本3ヶ月だけ
働くことが出来るという決まりだったのだけれど、
色々な偶然が重なり、結局ビザが切れるギリギリまでの
9ヶ月間働くことが出来た。

当時の私は信仰の深いクリスチャンに囲まれていて、
自分が全く予想もしなかった展開に、
「神様が助けてくれたんかな?」と思いながら、
日々を過ごした気がする。

この経験があって、
「物事は自分が思ったようには進まないこと」
「自分の予想以上のことが起るかもしれないこと」
「無駄に思える時間が、次のチャンスをつかむまのでの待機時間
 であるかもしれないこと」
「諦めかけた時に、なにかの力が働いて、事が進んでいく」
ということがあると学んだ。
しかし、この教訓は「自分がまず努力する」ということが大前提。

人はいろんな経験を重ねることで、日々を対処していく方法を
身につけていくのだと思うけれど、私にとってはこのシアトルでの
経験は結構大きな土台というか、「なんとかなる」から頑張るという、
ふんばる力を付けさせてくれたと思う。

といっても、その後の東京、ロンドンでの就職活動は
悶々として、シアトルの時と同じように、落ち込んだり、
凹んだりしていたので、あまり身になっていない気もするけれど、、、。

重要なことは、努力をしていない限り、自分が動いていない限り、
こういうことは起らないわけで、少しでも動かないと、、、と
怠け気味の私は反省するのでした。

明日への目標:朝8時には起きる!

続く

| 就職活動 | 11:34 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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