世界放浪 ONE WORLD ONE LIFE 女一人旅

世界を廻る1年5ヶ月の旅は完結。日本での日々を綴ってます。

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苦行 タンザン鉄道 その2

そして、10時間後の午後10時、思ったより早く到着。
明日の早朝に着くぐらいに着くだろうとのんきに構えていたので、
荷物をいそいそとまとめて、カプリ・ムポシのプラットフォームに
降り立ったのでした。

長い旅は無事終了のはずが、災難はまだ続いたのでした。

カプリ・ムポシは特に見所がないので、列車の到着時刻にあわせて
待っているルサカ行きのバスに乗り移動するのが通例。
列車で出会った日本人の男性2人とマリちゃんと私4人で相談し、
夜の11時という微妙な時間だけれど、ルサカまで行ってしまおうと
駅前で待っていたルサカ行きのバスに乗ると、この4日間で顔見知りに
なった韓国人の男の子3人と、ヨーロッパ人の3人がすでに乗り込んでいた。

これなら安心と思い乗り込んでバスが出るのを待つけれど、一向に
出発する気配なし。40分ほど経ってようやく、出発。
あとはルサカまでの4時間を寝ながら過ごせばいいと思っていたら、
バスは駅から5分ほど走ったバス・ターミナルらしきところで停車。
再び40分ほど車内で待つ。
うつらうつらしかけた時、バスのドライバーがバスが故障したから
横付けしているミニバスに乗り換えろと言ってきた。
しかし、そのミニバスすでに数人座っていて、私達が乗り込
むとぎゅうぎゅう。ドライバーは、明らかに3人しか座れないところに4人座れと言ってくる。
これは絶対危ないし、全員が乗り込むなんて無理。

これでは約束が違うと、ドライバーに文句を言うと「大丈夫だ。」の一点張り。
ヨーロッパ人の3人はまだ外にいて困り顔。
どうするのか聞いてみると、「僕達がこのバスに乗るのは無理だから、
他の方法を考えている。」とのこと。
じゃあ私達も、とバスを降りると、韓国人3人組も降りてきた。
ドライバーにお金を返すように促すと、意外にも素直に応じる。

なぜ?

推測するに、バスは故障していないけれど、席が埋まりきって
いないバスをルサカまで走らせることが、ただいやだっただけだろうと。
だから、代わりにミニバスを用意して、そこにぎゅうぎゅうに私達を
詰め込んで走らせようとしたに違いない。

ミニバスは走り去ってしまい、真夜中12時、人気のないバスターミナルに残された私達は途方にくれる。
どこからともなく地元の人が寄ってきて、なんやかんや言ってくるのを
聞き流しながす。ヨーロッパの3人はタクシーでルサカまで行く相談をしていて、
韓国人3人組は座って事の次第を見守っている。
私達日本人4人は、どうしてたっけ?

そうこうしているうちに、一台の大型バスがやってきた。
地元の若者がそのバスを止めて、私達をルサカまで乗せていくよう交渉
してくれた。
遠くから、「早くこのバスに乗れ。」の合図。
全員がバスに向かって走り出す。これを逃すわけにはいかない。
バスに乗りこんでみると、ほとんど満席。
なんとか各自、席を見つけて着席。

カプリ・ムポシに着いて3時間。ついに、ルサカに向けて出発。

8時間遅れに、13時間の足止め、ようやく着いたと思ったらこの
バタバタ劇。
ルサカ着いたのは15日の午前3時。
なんと、92時間の旅。

しんどさワースト一位だった<中国鉄道硬座2日間>を上回る
疲労を感じた<タンザン鉄道4日間>。
唯一の救いは一緒に時間をすごした仲間がいたこと。
だからかひとり中国人に囲まれていた<中国鉄道硬座2日間>よりも、
まだましだとも思えた。(どれほど過酷だったんだ、中国の鉄道。)

とにかく、これほどの長距離移動をすることはもうないと思う、
多分、おそらく、いや絶対に。

あ~本当に長かった。

DSCF9266.jpg
景色がほとんど変化しなかったので退屈度倍層

DSCF9309.jpg
途中買うことが出来るものは、果物、飲み物、軽いスナックぐらい

DSCF9286.jpg
かわいい売り子の女の子

DSCF9303.jpg
とにかく時間をもてあました3日間でした。

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