世界放浪 ONE WORLD ONE LIFE 女一人旅

世界を廻る1年5ヶ月の旅は完結。日本での日々を綴ってます。

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観光が楽しい街サラエヴォ

ボスニア・ヘルセゴヴィナの首都<サラエヴォ>意外にお気に入りの
街になった。

まず、宿がよかったのが大きいかも。
今回泊まったのは最近出来たTravlers Home Hostelで、
ホステルとは思えないぐらい綺麗でまるでお金持ちのアパートメントに
泊まりにきている感じ。
オーナーは弁護士で、奥さんはオランダで外交官の仕事をしている
ときいて納得。
オーナーのおじさんはとても親切。
「キッチンにあるものは全て、食べていいよ。」と言ってくれる。
そしてそのキッチンにあるものというと、ポップコーン、インスタントスープ、
コーヒー、ハーブティー、コカコーラ、ビール(これは例外か?)など。
13ユーロ(約1,500円)の宿泊代しか払っていないのに、、、。
(このブログを更新している時も、ポップコーンいる?と聞いてきた。
お腹がいっぱいだったけれど、断ると悪いと思ってYESと言ってしまい、
私の目の前に大盛りのポップコーン。)

立地も抜群。観光名所が集まる場所まで歩いて5分ほど、歩くのに疲れたら、
宿に戻り休憩して再び出かけるということが出来るのは本当に楽。
もっと滞在したかったけれど、サラエヴォで見るものはみたのでそうもいかず。
居心地の良い宿はやっぱり重要。

サラエヴォの宿
Travelers Home Hostel
 ★★★★★ 超おすすめ
・8人ドミトリー 13ユーロ(約1,400円)
・最近出来たホステルで無茶苦茶綺麗、ベッドの寝心地も良し
・朝食付き、ポップコーン、スープ、コカコーラーなど飲み放題
travel.png

サラエヴォの人達は親切で穏やかな気がする。
紛争を経験したから、人に優しくできるのか?それなら他の中欧の国も
同じようにな経験をしてきたけど、そうでもないし。
不思議です。

教会、旧市街に飽きていた私には、それ以外に見所がある
サラエヴォの街は観光するのも楽しかった。

今日はまず、トンネル博物館へ。
1993年、サラエヴォがユーゴスラビア連合軍に包囲されて孤立していた時、
外から物資の輸送を行うために作られたトンネル。
場所は住宅地にあって、ここにトンネルがあるとはわからないような場所。
期待して行ったけれど、公開されているのは25mだけであっさり見終わってしまった。

DSCF7859.jpg
普通の家の中にトンネルがある。

DSCF7849.jpg
見れるのは800mあるうちの25mだけなので30秒で歩き終わる。
高さは1.6mぐらい、長身の男性が荷物を運ぶには低すぎたに違いない。

DSCF7854.jpg

DSCF7858.jpg
赤い線の内がサラエヴォで、4年間も連合軍に包囲されていた。
その間は移動することが出来ず、ひたすら銃撃戦から身を守るしか
なかったらしい。

このトンネル博物館、自力で行くには不便なとこにあって、
ツアーリストオフィスのお兄さんには、ツアー(12ユーロ)を薦められたけれど、
自力で行く事も可能で、そんなに難しくない。
※地球の歩き方に書いてある方法では途中までしか行けません。!



トンネル博物館の行き方
街中を走っているトラム3番(鉄道方面行き)に乗って終点まで行く(約30分)。
終点のすぐ横がバスターミナルになっていて、そこから32番のバスで
また終点まで(約10分)。そこから歩いて10分ほど。
トラム&バス 各料金1.6KM(約100円)

バス停の左側に小さい橋があるのでそれを渡り、
すぐ左に曲がる。
住宅街をまっすぐ歩いていくと(約600m)、
Tunelというサインがある。

DSCF7863.jpg
バスターミナル ここから32番のバスに乗る。

DSCF7860.jpg
この道をまっすぐ。

DSCF7846.jpg
サインがあるので見逃すことはないはず。


次は、サラエヴォ冬季五輪施設と墓地へ。
サラエヴォの人達はオリンピックが開かれたことを誇りに思っているようで、
宿のおじさん、ツアーガイドのお兄さんも口をそろえて
「It was the best organized olympic.」と言っていた。

オリンピック会場に興味はないけれど、その周辺にある墓地を見ておき
たかった。この墓地は紛争中、犠牲者を墓地まで運ぶことが出来ず、
埋葬するところもなかったので、補助グラウンドを使用して作られた。
オリンピックの聖火台が見えてきて会場に向かって歩いていくと、
たくさんの白い物が建てられている風景が目に入ってきた。

その白い物が墓碑でかなり奥まで続いている。
モスタルで見た墓地と同じで、石碑に刻まれている年号は新しく
1993年、1994年。
なんともいえない気持ちになった。

DSCF7874.jpg
1984年に開かれたサラエヴォオリンピック、その7年後に紛争が始まる。

DSCF7879.jpg
紛争で犠牲になって人達の墓地

DSCF7882.jpg
オリンピック博物館
無料なので行ってみたけど、、、記念品を並べているだけという感じ?

DSCF7881.jpg
今はなき国、ユーゴスラビアのプレート。

DSCF7883.jpg
競技場の壁に落書き?いやペインティンする若者。
グラフィティーのアーティストか?手際がよかった。

墓地を後にして、オリンピック博物館をさらっと見て、
旧市街へ戻り、次ぎは第一次世界大戦のきっかけとなった
オーストリア=ハンガリー皇太子が暗殺された事件が
おきた場所ラテン橋へ。

DSCF7888.jpg
第一次世界大戦のきっかけとなった場所、ラテン橋

DSCF7893.jpg
本当は直線に進むはずだった車が、右歩行(橋を渡る)に曲がったため
射撃されることになったとか。

で、第一次世界大戦ってどんな戦い?
勉強しなくてわ。

後は、街をぶらぶら。
なんか充実した一日でした。

| ボスニア・ヘルツェゴビナ | 03:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

サラエボを観光する者です。
ドヴロブニクよりバスで向かう予定です。夕方-翌日午後数時間しか滞在時間がないのですが・・・
トンネル博物館は半日ツアーも巷にはあるようですが、なくとも、またこのような滞在時間でも可能でしょうか。
また墓地にも行きたいのですが、トンネル博物館から行けるのでしょうか。どのように行くのでしょう。
ここはタクシーで行く人もいますが、トンネル博物館、または中心街から徒歩ということは可能なのでしょうか。
トンネル博物館内はガイドさんご利用なさいましたか。

ホリデーイン(観光名所ではないですが)やパシュチャルシャは訪問したいと思っています。時間的に厳しいでしょうか。
サラエボ→ザグレブは飛行機なのですが、市内から空港までのバスはあるのでしょうか。

たくさん質問してすみません。なにゆえ、情報量が少なく、お力添えしていただけたら幸いです。

| ken | 2015/09/04 13:42 | URL |

質問回答

4年前なので、記憶が曖昧なのですが、、。

トンネル博物館は半日ツアーも巷にはあるようですが、なくとも、またこのような滞在時間でも可能でしょうか。
>>>墓地とトンネル博物館行けると思います。
トンネル博物館➜狭いのでささっと見る手程度であれば1時間で見れます。
※自力でいこうとすると時間はかかります。
タクシー行く場合、帰りのタクシーを拾うのが
大変そうな所でした。
 
墓地➜地下鉄?から少し歩いた記憶があります。


また墓地にも行きたいのですが、トンネル博物館から行けるのでしょうか。

>>>地下鉄やバスを乗り継いて行けたような記憶があります。


または中心街から徒歩ということは可能なのでしょうか。

>>>徒歩では行けないと思います。

トンネル博物館内はガイドさんご利用なさいましたか。
>>>利用していないです。

ホリデーイン(観光名所ではないですが)やパシュチャルシャは訪問したいと思っています。時間的に厳しいでしょうか。
>>>すみません。サラエボはあまり観光していないので、わかりません。
地球の歩き方に詳しく書いていると思うのですが。

サラエボ→ザグレブは飛行機なのですが、
市内から空港までのバスはあるのでしょうか。
>>>乗ってはいませんが、必ずあるはずです。

秋のヨーロッパ、よいですね!

| コユミ | 2015/09/04 17:32 | URL |















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