世界放浪 ONE WORLD ONE LIFE 女一人旅

世界を廻る1年5ヶ月の旅は完結。日本での日々を綴ってます。

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苦行の中で知ったこと

タンザニア鉄道、なにも良いことはなかったけど、
初めての経験をして何かを学べた気がする。

その体験とは、「3日間、美味しくないご飯を食べ、ヒモジイ思いをしたこと。」

食堂車で食べれるは、チキン、ポーク、ビーフにご飯もしくは<NISHIMA>という、
トウモロコシの粉をこねて蒸したようなもの。

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駅に停まるごとに物売りが来て、食には困らないだろうと思っていたのに、
売っているのはバナナやサモサみないな揚げ物だけ。

駅に着くたびに売り子寄ってくるけど、買いたいものなし。
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しょうがなく食堂車で食べるけど、だんだん飽きてきた。
3日目にはとうとう、材料が尽きたらしくビーフ+NISHIMA or ご飯の
組み合わせしか選ぶことが出来ない事態に(涙)。
食べたくないけど、いつ列車が目的地に着くかわからないので、
「食べておかねば。」という危機感から、無理やり口入れていた次第。
日本では、不味いものなら残せばいいし、3日連続食べたくないものを
食べることなんて非常事態以外にはない。

ふと、日本が貧しい時代は、これに似た食生活をしていたのだろうか?と
考えてしまった。
アフリカに来て強く感じることは、多くの人にとって食べることに
娯楽的な要素はなくて、生きるため手段だということ。
私の勝手な解釈からすると、もし食に何かを求めるなら
もっと美味しいものが生まれるはず。
違うかな?

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NISHIMA
はじめは美味しいと思って食べていたけれど、三分の一食べたくらいから
飽きる味。

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チキンとNISHIMA その1

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チキンとNISHIMA その2

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朝食その1

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朝食その2 は~(溜息)

| タンザニア | 20:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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苦行 タンザン鉄道 その2

そして、10時間後の午後10時、思ったより早く到着。
明日の早朝に着くぐらいに着くだろうとのんきに構えていたので、
荷物をいそいそとまとめて、カプリ・ムポシのプラットフォームに
降り立ったのでした。

長い旅は無事終了のはずが、災難はまだ続いたのでした。

カプリ・ムポシは特に見所がないので、列車の到着時刻にあわせて
待っているルサカ行きのバスに乗り移動するのが通例。
列車で出会った日本人の男性2人とマリちゃんと私4人で相談し、
夜の11時という微妙な時間だけれど、ルサカまで行ってしまおうと
駅前で待っていたルサカ行きのバスに乗ると、この4日間で顔見知りに
なった韓国人の男の子3人と、ヨーロッパ人の3人がすでに乗り込んでいた。

これなら安心と思い乗り込んでバスが出るのを待つけれど、一向に
出発する気配なし。40分ほど経ってようやく、出発。
あとはルサカまでの4時間を寝ながら過ごせばいいと思っていたら、
バスは駅から5分ほど走ったバス・ターミナルらしきところで停車。
再び40分ほど車内で待つ。
うつらうつらしかけた時、バスのドライバーがバスが故障したから
横付けしているミニバスに乗り換えろと言ってきた。
しかし、そのミニバスすでに数人座っていて、私達が乗り込
むとぎゅうぎゅう。ドライバーは、明らかに3人しか座れないところに4人座れと言ってくる。
これは絶対危ないし、全員が乗り込むなんて無理。

これでは約束が違うと、ドライバーに文句を言うと「大丈夫だ。」の一点張り。
ヨーロッパ人の3人はまだ外にいて困り顔。
どうするのか聞いてみると、「僕達がこのバスに乗るのは無理だから、
他の方法を考えている。」とのこと。
じゃあ私達も、とバスを降りると、韓国人3人組も降りてきた。
ドライバーにお金を返すように促すと、意外にも素直に応じる。

なぜ?

推測するに、バスは故障していないけれど、席が埋まりきって
いないバスをルサカまで走らせることが、ただいやだっただけだろうと。
だから、代わりにミニバスを用意して、そこにぎゅうぎゅうに私達を
詰め込んで走らせようとしたに違いない。

ミニバスは走り去ってしまい、真夜中12時、人気のないバスターミナルに残された私達は途方にくれる。
どこからともなく地元の人が寄ってきて、なんやかんや言ってくるのを
聞き流しながす。ヨーロッパの3人はタクシーでルサカまで行く相談をしていて、
韓国人3人組は座って事の次第を見守っている。
私達日本人4人は、どうしてたっけ?

そうこうしているうちに、一台の大型バスがやってきた。
地元の若者がそのバスを止めて、私達をルサカまで乗せていくよう交渉
してくれた。
遠くから、「早くこのバスに乗れ。」の合図。
全員がバスに向かって走り出す。これを逃すわけにはいかない。
バスに乗りこんでみると、ほとんど満席。
なんとか各自、席を見つけて着席。

カプリ・ムポシに着いて3時間。ついに、ルサカに向けて出発。

8時間遅れに、13時間の足止め、ようやく着いたと思ったらこの
バタバタ劇。
ルサカ着いたのは15日の午前3時。
なんと、92時間の旅。

しんどさワースト一位だった<中国鉄道硬座2日間>を上回る
疲労を感じた<タンザン鉄道4日間>。
唯一の救いは一緒に時間をすごした仲間がいたこと。
だからかひとり中国人に囲まれていた<中国鉄道硬座2日間>よりも、
まだましだとも思えた。(どれほど過酷だったんだ、中国の鉄道。)

とにかく、これほどの長距離移動をすることはもうないと思う、
多分、おそらく、いや絶対に。

あ~本当に長かった。

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景色がほとんど変化しなかったので退屈度倍層

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途中買うことが出来るものは、果物、飲み物、軽いスナックぐらい

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かわいい売り子の女の子

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とにかく時間をもてあました3日間でした。

| タンザニア | 02:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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苦行、タンザン鉄度 その1

ダル・エス・サラームを出てからすでに52時間。
私はまだ列車の中にいて、この文章をパソコンに打ち込んでいる。

本来なら12日の13時50分に出発して、翌々日14日の13時20分に
着くはずのこの鉄道の旅。今は14日の14時。
出発時間が8時間も遅れた時点で、思った以上の長く過酷な旅に
なることは覚悟いていたけれど、もしかしたら、しんどさワースト1位の
<中国硬座二日間の鉄道旅>を上回るぐらいのしんどい体験に
なるかもしれない。

というのも、昨日丁度ザンビアとの国境まで来た時に突然
列車がストップ。出国と入国の手続きが行われる場所だったので、
事務手続きに時間がかかっているのか?と思っていたけれど、
3時間たっても、4時間たっても、列車は固まったかのように
動く気配なし。乗務員にどうしたのか聞いてみると、
「この先で、事故があり進めなくなった」とのこと。
すでに疲れがピークにきているのに、追い討ちをかけるような
バッドニュース。

ひたすら列車が動くのを待つ。
5時間、6時間、7時間、、、、、時が過ぎ列車が動きはじめたのは
10時間後。やっと、やっと進めると思いきや5分ほど走ったところで
また停車。地元の人達がわんさか乗り込んでくる。
なんでも、タンザニア側、ザンビア側、近距離の間に2つの駅があるらしく、
ザンビア側に停まったらしい。そして、再び3時間停車。
出発したのは3時間後、夜の11時。
たった5分の距離なら、事故処理を待っている10時間の間に移動して
おけばよかったんじゃないの?
なんなんだ、この手際の悪さ。

そもそもこのタンザン鉄道、老朽化が激しく本当なら廃止されてもよい
ぐらいの乗り物。
線路にガタがきているのか、運転手の技術が未熟なのか、
突然、ガタガタガッシャンと音を立てて急停止する。
横ゆれ、縦ゆれがすごくて、これは列車の形をしたブリキの玩具か?と思
うぐらいのお粗末な乗り心地。

食堂車はあるけれど、2日目にして2つあるうちに1つの
コンロが故障してご飯にありつくにも一苦労。
中国製の古い車体はお世辞にも綺麗とは言いがたいく、
設置されている扇風機は動くはずもなく、コンセントがあっても
電気は通っていないし、洗面所の水は午後には出なくなる。
多分、いや絶対、20年前に廃棄されるべきの列車が今でも使われていることが
大きな問題なんだと思う。

待ち時間をあわせると、今の時点ですでに64時間。
こんな非日常的な経験をするとき、ふと思うことがある。
「この過酷な経験は、日常生活に戻ったときに
なにかの役に立つのだろうか?」
「こういう経験を積むことで、辛抱強さが身につくのか?」
そうであって欲しいな~。

さて、一体私はいつ最終地点<カプリムポシ>の駅に着くことが
出来るのでしょうか?

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駅に着くたびに売り子寄ってくるけど、買いたいものなし。

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外国人しか利用しない食堂車

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おばさん何を考える?

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意外に快適そうだった3等車両

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「世界車窓から」の世界とは程遠い旅だったのでした

| タンザニア | 02:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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苦行のはじまり タンザン鉄道

2日間のタンザニアからザンビアへのタンザニア鉄道での陸路移動。
3等のチケットしか購入できず、過酷な移動を覚悟して、
暗い気持ちでTazara鉄道駅へ。

待合室にいた欧米人の男性に、どの席をゲット出来たか尋ねて
みると、なんと!!!当日の今日2等席を買えたという返事が!
え!本当に?
荷物を置いてマリちゃんとダッシュで1階のチケット売り場へ。

昨日買えなかった1等の席、なんなくゲット。
なぜ?
なにわともあれ、悪夢の<中国列車硬座2日間>の再現とならず安堵。

しかし、事はそう簡単にいかないもので、午後12時の搭乗時間を少し
過ぎたときアナウンスが。
スワリヒ語なので何を言っているのかわからない。
でも、タンザニア人が「え~。」と一斉に声をあげた時、
すぐに想像できた。
午後1時40分発が午後8時に変更(涙)。
時刻通りに発車しないことは噂に聞いていたけれど、
8時間遅れとは、、、。

市内に戻るわけにもいかないので、ひたすら待つことに。

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12pm あと2時間で乗れると思いながら待っていた

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ただひたすら待つ

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7pm 何も変わらず

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8pm 待つこと9時間、ついにゲートが開いた!

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列車へ乗り込む

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ファーストクラス専用ラウンジ
といっても、特にすごいわけではない。


災難はまだ続く。
午後8時に列車に乗り込み、1等の私達の部屋へ。
入ってみると、すでに荷物が置かれている。
同室の人の荷物かな~と言っていると、タンザニア人の女性2人やってきて、
どんどん荷物を持ち込んでくる。
4人部屋の狭い部屋がどんどん荷物で埋め尽くされる。
いやな予感、すごくいやな予感、なんかめんどそう。
※あわよくば4人部屋を2人で使えるかもという淡い期待は消えた。

荷物はどんどん増えていき、明らかに収納スペースには入りきらない
数の量に。あげくの果てに私達のベッドにまで置く始末。
ここはちゃんと言っておかないとと思い、
「荷物を置くのはいいけれど、私達のスペースにまで荷物をおかないで。」
とい言うと、
「わかってる、わかってる。明かりがついたらきちんと整理するから。
 ところで貴方もうひとつ電灯持っている?持っていたら、
 私がそれを使って荷物の整理をはじめることができるんだけど。」
※列車の中は真っ暗で、私は電灯を付けていた。
う~、あつかましい~。

2人はなんとか荷物を入れ込もうとするのだけど、明らかに荷物の量が
多すぎて不可能。今日一日、ろくなものを食べていなかったので、
食堂車に行きたいけれど、ここで離れると自分達のスペースも荷物で
埋められそうで、マリちゃんとじーと2人の様子を見つめる。
自分達の荷物のために、ただでさえ狭い部屋が足の踏み場もなくなっている
ことに、なんの悪気もないようで、逆にこの子達は何を苛立っているの?という
感じ。

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どんなに文句を言っても動じないおばさん助手

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おばさんの荷物に占領されて行き場のない私のバック

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とにかく、おばさん達荷物持ち込みすぎ

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翌日には2人で一部屋を使えるようになった、でもしんどい

結局、明かりが付いても荷物をきちんと整頓することが出来ず。
もう、何を言っても無駄と勘弁して、寝ることに。

列車が出発したのは午後11時30分、結局10時間遅れ。

1等が確保出来ても、なんにも楽ではない旅の始まりなのでした。

翌日、悪夢は続いていて、私達の部屋だけ荷物で圧迫されている状況。
他の部屋をのぞいたけど、みんな広々と使っている。
呆れたことに、おばさん、列車がある駅で停まったときに、
お米を買っていた。
これ以上、荷物を増やすの!
どうしてそんなことが出来るの?

おばさん、自分達の荷物で部屋が狭くなって、
居心地が悪くなっていることに対してなんの後ろめたさも、
悪気も感じていないみたい。信じられない。

荷物だらけの部屋、太刀打ちできないタンザニアの2人組みと
一緒にいるのに耐えれなくなって、2人食堂車へ移動。
私達がいない間、2人はあの部屋でくつろいでいる様子で、
ほんまに理不尽。

悪い人達ではないのだけど、ずうずうしすぎる。
はあ~、はあ~、ため息だけ。

| タンザニア | 20:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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どうなる?タンザニア鉄道の旅

タンザニアからザンビアの移動手段として選んだ<タンザニア鉄道>。

ゆっくり2泊3日の旅を楽しもうと思っていたのですが、
出発を明日に控えた私の心は憂鬱。

というのも、寝台の1等、2等席が満席で3等しか取れず、、、、
最悪2日間座りっぱなしの状況におかれることが予測されるから。

私の今までの旅の中で一番過酷でしんどかった<悪夢の中国鉄道硬座の旅>
の再現か?

あれは、5年ほど前、無知だった私は民族大移動のど真ん中・2月の中国を旅していて、
広州から成都への2日間の移動を一番安い席<硬座>で過ごすことに。
※硬座とは字の通り、90度、リクライニングなしの席のこと。

2人席なのにいつのまにか3人席になって、通路も人、人、人で足の踏み場もない。
トイレに行くにも30分がかり。
あいにく、一緒に旅していた人と別の車両になってしまい、中国人の中に
私ひとり。

今でも、あの2日間どうやってやり過ごせたのか不思議に思う。

そして、今回のタンザニア鉄道の車体は中国製。
再びあの悪夢が???

どうなる、これからの2日間。

追記:もし席が空いたら1、2等にアップグレードできるという情報をゲット。
車掌に賄賂を渡してでも、3等から脱出しようと計画中。

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ダル・エス・サラームの大使館が集まる地区にある簡易食堂で
食べた激安ランチ 1,500シリング(約170円)
お米が美味しくてビックリ

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エビの甘辛煮のようなもの
美味しくて二日連続食べる。

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お店のスタッフは、すごく気が利いてまじめだったのが印象的。
ケニアでも感じたけど、落ち着いて静かな雰囲気の人が多い気がする。

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Jambo Innホテルを左に50mぐらい行ったところにある。


ダル・エス・サラームの宿
Jambo Inn
★★☆☆☆
・ツイン 20ドル (Wifi有料 朝食付き)
・夜遅く着いたので、確実に泊まれる宿ということで決めた
・質の割りに宿代が高い気がする

| タンザニア | 00:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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