世界放浪 ONE WORLD ONE LIFE 女一人旅

世界を廻る1年5ヶ月の旅は完結。日本での日々を綴ってます。

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プーノでストライキ。<2days 3カ国間の旅の巻>

<マチュピチュ>を観た後は、ボリビア(ラパス)に戻り
ブラジルへ!と思っていたら、プーノ(ペルー)からラパスへの
国境までのエリアで農民のストライキが2週間にわたって続いており、
まだ収束の気配がみえないとのこと。

もうこれ以上、クスコには入れない!いつ終わるかわからない
ストライキを待つのもいや。
どうしたら、ラパスまで行けるか、色々調べたら2つの方法が
あることがわかった。
(なんかクスコにいる間、ずーとトラブルの対処をしている気がする。)

(A)クスコからプーノまでバスで行き、そこからフェリーで
コパカバーナへ行き、でラパスへ。
※本当ならバスで移動のところフェリーを利用。
(B)クスコからタクナへバスで行き、タクナからチリのアリカへ。
アリカからラパス行きのバスに乗る。

(B)の方法が確実な気がするけれど、気分的にチリに入国するのが面倒だし、
時間もかかりそう。(A)の方で気になるのが、どうやって出入国の
スタンプはもらうのかということ。
フェリーでボリビアに入国できても、
ペルーの出国スタンプがもらえないとまずい。

一体どうしたらいいの!
まず、冷静になって考えようとクスコに延泊。

一日待ってみたものの、ストライキは終わる様子なし。
考えた末、なんとなく一度通ってきて土地勘のある(A)のルートで行くことに。

26日日の朝、ついにクスコ脱出。
朝8時発のプーノ行きのバスに乗り込む。
まず、プーノに着いたら旅行会社に行って、ラパスへ行くための方法を
聞いてみるという計画。これで多分大丈夫と思ってたら、、、、

バスはプーノまで行けず。

Juliacaのバスターミナルにバスは到着。
ここから、プーノまでは1時間の距離なのに、ストライキの範囲が
広がってきていて、これ以上先は行くことは出来ないらしい。
昨日までは、プーノのバスターミナルへ徒歩10分ほどのところまで
バスは行けたとのこと。

ついてない。ペルーとは愛称が悪いのか、私?

何にもないJuliacaの町にいてもしかたがない。
チリ(アリカ)経由でラパスに向かうしかない。
面倒なことに、ここからタクナへのバスはストライキのため出ておらず、
まずアレキパに行き、そこからタクナ、アリカと目指すしか方法はないらしい。
同じバスに乗っていた欧米人達もアレキパに行くらしいけれど、
焦ることなく談笑中。
「いいな~仲間と旅していたら、気が楽でしょう?
私はひとりで、大変なんですから。」

なんて思ってしまう。
心細いけど、ここはひとりで事を進めようと、チケット売り場へ行って
15分後発のアレキパ行きのチケットを購入。

アレキパへは4時間の行程。出来れば日が暮れるまでには着きたいという
私の希望に反するように、バスは地元の人達を道端で拾いながら行くので、
時間がかかる、かかる。
結局、Juliacaを出たのはバスが発車してから40分後。
もう、いや!

アレキパに着いたのは、日もとっくに暮れた8時。
まずは、タクナ行きのチケットを買ってから、街まで行こうと
チケットを売り場に行くと、なんとタクナ行きの深夜バスが
何便かある。それに乗れば、明日の朝にはタクナに着けるはず。
1時間後発のタクナのバスを買って、しばしばの休憩。
いつもなら移動日はがっつり食べるのだけど、今晩は選択の余地なしで、
安い中華セットを食べる。※バスターミナルで中華があったのはラッキー。

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移動日のがっつり料理のはずが、、、。
味はイマイチだっけどお腹が空いていたので完食。
5ソル(約150円)

タクナへは7時間の行程。疲れているし、寝るしかないと寝ようとすると
隣のおじさんがいびきをかき出す。はじめは気になっていたけど、
いつのまにか眠ってしまっていて、目を覚ますとそろそろタクナの
ターミナルに着く気配。

ここから、チリのアリカまでは、ミニバスが出ていて、それに乗って、
国境まで。
バスの中は100%ペルー人。国境越えの時は、
いつも心細くて、何度もちゃんとイミグレーションで止まってくれるのか、
何度も係りの人に確認。

国境に着いたものの開くのは1時間後でそれまで、インディヘナのおばさんの
井戸端会議を聞きながら、うつろうつろ。 
真っ暗だった空が白けて来て、周りの景色が見えてきた時、海の近くに
いることに気がつく。
山の街から、海の街へ、遠いところまで来たものだと、ふと思う。

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南国!

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朝から元気な、インディヘナのおばさん。
バスが到着すると、我先に降りようとしていたのが印象的。
このバス、乗客全員が揃わなくても走り出す。
おばさん達も、「出発してしまおう。」なんて言ったりして、
恐るべし。

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国境、ペルー側。海が近い。

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ボリビア側のイミグレーション。
手続きはいたって簡単。

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プーノ→ラパス間の道路が通れないので、こちらに流れてきているのか、
トラックがいっぱい。

朝7時、国境が開き、出入国の手続きを無事に済まし、アリカへ。
バスターミナルに着いたのは8時。
タクナ行きの看板を探しつつ歩いていると午前10時発のバスがあった。
迷わず、チケット購入。バスの出発まで後1時間半ほどあるので
ゆっくりお菓子でもつまもうと、イスに座ったとき、
ペルーとチリには時差があることに気づく。
慌てて、ターミナルの時計をみると9時30分。私の時計は8時30分。
出発まで30分。あぶない~。バスを乗り過ごすところだった。

もう、なんだかわからない。もうしんどい!
でも、後はラパスまでバスに乗っているだけと、自分を勇気付ける。
アリカからラパスまでは10時間の旅。

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名前は忘れた。アレキパ→タクナ間
普通の乗り心地

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NOADIC BUSS アリカ→ラパス間 
乗り心地はまあまあ

いつもなら景色を楽しむのだけど、今日は疲れすぎて
眠っては目を覚まして、少し景色をみて、また眠るの繰り返し。

唯一の救いは、アリカ→ラパス間の景色がすばらしかったこと。
1時間ごとに、景色ががらっと変わっていく感じ。

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7時間後、嫌いな国境越え、今日2回目。
後、3時間でラパス!

ラパスのバスターミナルに着いたときは本当にほっとした。

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約1ヶ月ぶりのラパスのバスターミナル。

なが~い、なが~い2days、3カ国間、30時間バスの旅。
こんな移動はもうこりごり。

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移動日のがっつり料理
しょうが焼き定食 46ボリ(約550円)
不味くはないけれど、しょうが焼きには程遠い味。

ラパスプーノ
旅の行程(ペルー→チリ→ボリビア)
クスコ→プーノ(7時間)30ソル
JULIACA→アレキパ(5時間)13ソル
アレキパ→タクナ(7時間)18ソル
タクナ→アリカ(1時間)※国境越え 10ソル
アリカ→ラパス(10時間)※国境越え 15ドル
合計 3,200円ほど

ラパスの宿 Hotel Austria ★★☆☆☆
・シングル30ボリ(約400円)
・居心地は悪くはない。ただ、部屋数の割りには宿泊客が少なくて
寂しい感じ。
・ホテルのおじさんは物腰が柔らかく親切。
・荷物を預けた時、番号札をくれた。安宿でこんな対応は初めて。
・キッチン有り、ホットシャワー、WIFI無し
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| ペルー(2回目) | 23:10 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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インカ道トレッキングあれこれ

◆食事について
食事の内容は良いらしいと聞いていたけれど、その通り。
こんな山の中でどうやって作ったの?感心する料理が出てきた。
それも毎回、違うメニューで。

1rst lunch
1日目 昼食

1st dinner
1日目 夕食

2nd breakfast
2日目 朝食

2nd lunch
2日目 昼食

2nd dinner
2日目 夕食

3rd lunch
3日目 昼食

4th breakfast
3日目 朝食

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きちんと人数分の桶と、石鹸が用意されていた!
荷物になるのに、、、、。

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テーブルが小さいので皆で片寄せあって食べてました。

◆ポーターについて
3泊4日、快適に過ごせたのは一重にポーターの人達のおかげ。
調理器具、テント、食料、ツアーメンバーの荷物を大きなリュックに
入れて運んでいく。見ていて、本当に心が痛んだ。
この重労働が彼等の仕事だとわかっていても、私と同じぐらいの背丈の、
おじさんが荷物の重みで前かがみになりながら、山道を登っていくのを
見ると、どうしようもない気持ちに。それも、裸足、サンダルという装備で。

ガイドの話によると、ポーターの中には普段農業に従事している人が
大勢いるらしい。彼らはクスコから5時間ほどかかる田舎に住んでいて、
1ヶ月ほどポーターとして働き、お金を稼いで村に帰る。
辛そうに見えるけれど、ポーターとしてツアーに出ている間は、
食住が提供されるので、彼らは満足しているとのこと。本当に?

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いつも私達より先にキャンプ場に着いて、ご飯を作ってくれたり、
テントを張ってくれたり。

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テントを片付ける。

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大きなバックに荷物を詰める。
足元はサンダルです。

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しんどくても、ポーターさんが重い荷物を持っているのを見ると、
自分も頑張らねばと励まされた。



| ペルー(2回目) | 08:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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山があるからこその<マチュピチュ>

<マチュピチュ>は山があってこその遺跡だと思う。

私達がよく見るこの遺跡の写真は、角度の違いこそあれ
ほとんど同じ所から撮影されたもの。
ー山とその麓にあるインカの集落ー
あまりにも有名なイメージだから、頭に焼き付いている。

意地悪心で後ろに山のない<マチュピチュ>を想像してみる。
なんか、イマイチ。

インカの人々は、山を神聖なものとみなし、そこには神がいると
信じていた。そして、山に沿うようにして集落を作っていった。
「そこに山がある」からこその遺跡<マチュピチュ>。

人々に信仰心が、この美しい風景を創り出したのかも。

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インカの人達が暮らしていたシーンを想像してみる。

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山に沿って畑が。緑が美しい。

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カーブの美しい神殿。

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マチュピチュの壁には、完璧な造りのものと、手抜き?のように
見えるものがある。
左 高貴な人が住むエリアや、神殿の周辺の壁
右 村人が住むエリアの壁

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こんな藁葺きの家に住んでいたらしい。

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ドキュメンタリーの撮影中?




| ペルー(2回目) | 06:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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遂に、マチュピチュへ。

トレッキング最終日。

早朝3時45分に起きて、4時45分にインカ道のチェックポイントへ。
こんなに早く出発する理由は、早朝の人が少ない時間にマチュピチュに着くためと、
もうひとつ、あわよくば<ワイナピチュ>に登れる可能性を残しておくため。
※<ワイナピチュ>の頂上から、マチュピチュの全景を見渡せるということで
皆この山に登ろうとする。でも、一日限定400人のため、朝早くから
入場券にスタンプを押してもらうために並ばなければならない。

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5時30分 インカ道チェックポイントが開く。

キャンプサイトを出発して約1時間。いつもはバラバラに歩いてきたけれど、
今日はツアー仲間列を成してマチュピチュへ向かう。

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霧が神秘的。

心なしか、みんな急ぎ足。
あいにく、霧が濃くて。遠くを見渡しても何もみえない。
天気がよくなることを祈りながら、今までの3日間を振り返りながら
歩くこと40分ほど、霧の中から見えてきた<マチュピチュ>が!

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南米の旅も7ヶ月目に入り、すばらしい景色を随分見てきたので、
正直<マチュピチュ>に感動することはないだろうと思っていたけど、
この3日間インカ道を歩き続けてきて、やっと見ることの出来た景色に、
純粋に感動。

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マチュピチュへの入り口、<太陽の門>まであともう少し。
トレッキング4日目で、登りが苦しい、、、

<太陽の門>に到着。ここからマチュピチュの全景が見えるはずが、、、
何もみえません。

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「早朝はだいたいこんな感じ。心配しなくても、もうすぐ見えてくるから。」
というガイドの言葉を信じて待つこと、1時間ほど。
10時頃になると、霧が晴れて<マチュピチュ>がハッキリとみえるように!

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マチュピチュに到着したら、ガイドのビクターの説明を聞きながら、
遺跡を周る。2時間ほどで、遺跡の半分を見終えて後は自由行動。
でも、まだ10時。
ツアー仲間の、イギリス人のイバン、ブルース夫妻とカナダ人の
スティーブは<ワイナピチュ>に興味があるらしく、ダメもとで
入場口まで行ってみるらしい。
私も、3人が行くならと便乗して一緒に着いて行く。

入場口にいるスタッフに、空きはあるかと聞くと想像通り、
「今日は、店員に達したのでダメ。」という返答。
やっぱりダメか~と4人で話しながら歩きだそうとした時、
「11時にもう一度来てみて。もしかしたら、キャンセルする人がいて
空きが出るかもしれない。」という希望の一声が。
では、それまでまだ見ていない所に行こうと、4人でぶらぶら。

11時に再び、<ワイナピチュ>の入場口へ。
すでに、キャンセル待ちの人達が15人ほど並んでいる。
行けるか、行けないか。
11時以降は、入場する権利を持っている人も無効になり、
並んでいる人から入場することができる。
待つこと10分。
390番目で入場することが出来ました!!!
ツアーに参加する時、時間的に<ワイナピチュ>に登るのは
無理と言われていたけれど、諦めずにいてよかった。
というより、3人についてきてよかった~。

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ワイナピチュの入場口
キャンセル待ちの列。
約30人のキャンセルがあったみたい。

早速、4人で<ワイナピチュ>へ。
もう登りはいやと思っていたのに、また登っている。
やはりしんどい、トレッキングの疲れもあって脚が悲鳴を上げているよう。
でも、トレッキングの後だからこそ、踏ん張る力が付いているような
気もする。登り続けて、1時間で頂上へ。

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もう登るのはいやなのに、登る。

頂上からみた景色は、「マチュピチュの全景。
正直、そんなに感動することもなく、「これが噂の絶景ね。」という感じ。
私の<マチュピチュ>観光は、インカ道トレッキングが終了したときに、
終わっていたのかもしれない。

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ワイナピチュから見た<マチュピチュ>

20分ほど頂上にいて、4人で記念写真を撮った後、下山。

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下りも大変

3人は昼食を食べにカフェへ。本当は私ももう少し<マチュピチュ>に
居たかったけれど、この時点でまだ帰りの列車のチケットが手元にない
状態。私以外のツアーメンバーはチケットをビクターから手渡されているのに。
本当に、あの最低な旅行会社、全然手配が行き届いていない。
名残惜しく、私のチケットが届いているらしいアグアス・カリエンテ村の
レストランへ向かうことにした。

恐々、ウエイトレスに私の列車のチケットを預かっていないかと、
聞くと、預かっているとの返事。ほっ。
受け取ってよくみると、それは印刷されたものでなく、FAX用紙。
送信時間は今日の13時。ということは、私がガイドのビクターに
列車のチケットが手元にないことを伝えた後、ガイドの仕事を終えて、
彼がこのレストランに着いた時は、チケットは用意されていなかったということ。
ビクターが、誰かに連絡して至急ファックスするように頼んだのだろう。
もう、ため息しか出なかった。フィデルの言う、全部きちんと手配
したという言葉は全くの嘘。

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なにわともあれ、無事に列車で帰途へ。

この3週間、インカ道トレッキングに翻弄され続けた。
旅行会社の対応が悪く、一日中心落ち着かないこともあったし、
腹の立つこともあったけれど、その不満不平を帳消しにしても
余りあるくらい、トレッキングは楽しかった。(帳消しには出来ないかな~。)
インカ道を歩いていなかったら、<マチュピチュ>は数ある中の
遺跡にしか思えなかったはず。でも、このトレッキングしたことで、
貴重な思い出のひとつになった。

ひとりで参加いやだな~と思ったけど、ツアー仲間にも恵まれたし、
ガイドのビクターとカトリーヌも、きめ細かい対応が出来る人達だった。
紆余曲折あったけれど、色んな意味で忘れることの出来ない
貴重な時間を過ごすことができたことに、感謝です。

| ペルー(2回目) | 05:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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インカ道トレッキング 3日目

トレッキング、3日目。

昨日ほどのハードな道ではないけれど、
距離が長くて、最後の辺りは下りが続いて脚はぐらぐらだった。
今日はキャンプサイトまでの間に2つの遺跡があって、
歩くだけでない楽しみも。

景色が少しづつ変わっていて、咲いている花も色鮮やかに。

4日間で一番、景色を楽しめた。

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天気もよく絶好のトレッキング日和。

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インカの道。写真を撮りつつ、ゆっくり進む。

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RUNKURAQAY遺跡
インカ時代の休憩所

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SAYACMARCA遺跡

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SAYACMARCA遺跡を下った所にある、インカの時代の貯蔵庫。
確かに、この場所を通るとひんやり。

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下るにつれて、湿った空気が漂ってきた。
スタート地点と比べると、植物の種類が全く違う。

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はじめて見るお花。靴のような形がかわいらしい。

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今晩は最後の夕食ということで豪華ディナー。

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いつも、食事が運ばれてくるたびに、みんな感心していた。

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最後は、ポーターの自己紹介。
※総勢10人で、2人はテントの周辺を警備中。

私達を目の前に恥ずかしがっている様子。
左から3番目のおじさんは63歳で、今回初めて
ポーターとして働いたらしい。




| ペルー(2回目) | 05:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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